35万円の残金を10ヶ月放置 — 東京の内装デザイナーが回収日数を92日から17日に縮めた方法
InvoiceFlow編集部 — 2026年5月30日公開 — 読了およそ11分
吉田雅(よしだ・みやび)さんのアトリエは、東京・神宮前の路地裏にある。築40年の元印刷工場をリノベーションした空間で、コンクリート打ちっぱなしの壁に、進行中の案件の図面とマテリアルサンプルが整然と並んでいる。彼女が手がけるのは、世田谷区や港区の高級住宅、そして地方都市のブティックホテルの改装だ。一件あたりの予算は500万円から、大きいものでは3000万円に及ぶ。
独立して6年。アシスタント1名と外部の施工管理パートナーを抱え、年間に動かす案件は8〜12件ほど。数は多くないが、一件一件が長期で、金額が大きい。だからこそ、入金が一つ詰まるだけでアトリエ全体のキャッシュフローが揺らぐ。
「腕で食べているつもりだったんですけど、実際にアトリエを潰しかけたのは、デザインの問題じゃなくて、請求書の問題だったんです」と吉田さんは振り返る。
3000万円の改装案件に潜んでいた爆弾
2024年の秋、吉田さんは長野県のあるブティックホテルの全館改装を受注した。客室12室、ラウンジ、レストランを含む大型案件で、総額はおよそ2800万円。彼女のアトリエにとって過去最大の仕事だった。
この案件には、吉田さんの仕事の典型的な構造がそのまま詰まっていた。彼女がクライアントに請求する金額は、実は性質の異なる3つの費用が一つの数字に混ざり合っていたのだ。
- デザイン費 — 吉田さん自身の設計・監修の報酬。これは彼女の純粋な売上であり、ここに源泉徴収の対象になる役務もあれば、ならないものもある。
- 発注代行費(立替・手配) — 家具、照明、建材、職人への支払いを、吉田さんがいったん立て替えたり、仕入れて転売したりする部分。金額は大きいが、利益率は薄い。
- 諸経費 — 出張交通費、サンプル取り寄せ、印刷代など。
独立当初から、吉田さんはこの3つをまとめて一枚の請求書に「内装デザイン一式」と書いて出していた。クライアントから見れば、2800万円という一つの数字。内訳は別添のエクセルで補足するだけだった。
「一式」がもたらした10ヶ月の沈黙
ホテル案件の最終フェーズ、引き渡しが終わったあと、最後の残金として吉田さんは35万円を請求した。金額としては全体のごく一部だ。ところが、この35万円が、なんと10ヶ月にわたって入金されなかった。
理由を辿ると、根っこにあったのは「混同」だった。クライアントのホテル側の経理担当者は、引き渡し前の段階で家具メーカーや照明業者に直接支払った費用がいくつかあった。彼らの認識では「自分たちが直接払った分は、吉田さんへの支払いから差し引かれるはず」だった。ところが吉田さんの請求書は「一式」表記。どこからどこまでがデザイン費で、どこが立替の発注代行費なのかが、書類の上で一切区別できなかった。
結果、最後の35万円が「これはデザイン費なのか、それとももう自分たちが直接払った発注分とダブっているのか」という疑念の対象になり、宙に浮いた。先方の経理は確認のたびに保留にし、吉田さんは「催促すると関係が悪くなる」と遠慮し、35万円は10ヶ月の沈黙のなかに沈んだ。
「金額の大小じゃないんです」と吉田さん。「35万円が回収できないこと自体より、それを説明する材料が自分の書類にないことが、本当に怖かった。私は自分が何にいくら請求しているのか、書面で説明できなかったんです」
回収日数を測ってみたら、平均92日だった
このホテル案件をきっかけに、吉田さんは過去2年分の請求書を全部並べ直した。そして初めて、自分の「請求から入金までの平均日数」を計算した。結果は92日。請求書を出してから、お金が口座に入るまで、平均で3ヶ月かかっていた。
大型案件が多いとはいえ、3ヶ月は長すぎる。そして調べていくと、回収が遅れている案件には共通点があった。請求書の内訳が「一式」になっている案件ほど、入金が遅いのだ。クライアントが内訳を理解できないと、彼らは支払いを止めて確認に回す。その「確認」が、回収を遅らせる最大の要因だった。
InvoiceFlowで「3つの財布」を分けた
吉田さんがアトリエの請求を組み直すにあたって導入したのが InvoiceFlow だった。決め手は、一件の請求書のなかで費用を性質ごとにカテゴリ分類でき、しかもそのカテゴリ別に集計・レポートが取れることだった。
1. 費用を3カテゴリに固定する
彼女はまず、自分の全請求項目を必ず「デザイン費」「発注代行費」「諸経費」のいずれかに分類するルールを決めた。InvoiceFlowでは各明細行にカテゴリを付けられるので、一枚の請求書のなかでも、どの行がどの財布に属するのかが一目でわかる。
ホテル案件のような大型案件では、請求書のセクションがこう変わった。以前は「内装デザイン一式 2,800,000円」の一行だったものが、こうなった。
- デザイン費(設計・監修)小計
- 発注代行費(家具・照明・建材の手配および立替)小計 — 立替分には「貴社直接支払い分を除く」と注記
- 諸経費(出張・サンプル・印刷)小計
こうすると、クライアントの経理が「自分たちが直接払った分」を確認したいとき、その金額がどのカテゴリに属するのかが書面上で明確になる。35万円の残金がデザイン費なのか発注代行費なのか、疑う余地がなくなった。
2. マイルストーンごとに分割し、電子署名を取る
もう一つの大きな変更が、マイルストーン分割払いと電子署名の組み合わせだった。InvoiceFlowの分割支払いスケジュール機能を使い、大型案件を以下のフェーズに分けた。
- 契約時 — デザイン費の30%(着手金)
- 基本設計確定時 — デザイン費の30%
- 発注実行時 — 発注代行費の全額(立替が発生するため先払い)
- 引き渡し時 — 残りのデザイン費40%と諸経費
各マイルストーンの請求書には、見積・契約段階でクライアントに電子署名をもらう。つまり「このフェーズではこの金額を、この内訳で支払う」という合意が、署名付きの文書として最初から固定されている。
これが効いた。引き渡し時の残金請求が来たとき、クライアントはもう「これは何の費用だっけ」と悩む必要がない。着手の段階で署名した内訳が、最後まで一貫しているからだ。発注代行費はすでに発注実行時に精算済み、引き渡し時に残るのは純粋なデザイン費と諸経費だけ。混ざりようがない。
3. インボイス制度と源泉徴収への対応
費用を3分類したことには、思わぬ副産物もあった。日本のインボイス制度(適格請求書等保存方式)のもとで、吉田さんは適格請求書発行事業者として登録番号(T+13桁)を請求書に記載している。だが、デザイン費と発注代行費では、消費税の扱いや、案件によっては源泉徴収の対象になるかどうかが変わってくる。
個人や個人事業主からの一部のデザイン報酬には源泉徴収が絡むことがあり、その計算根拠を明確にするには、まず「どれがデザイン費でどれが立替の発注代行費か」が分かれていなければならない。3分類は、インボイス制度対応と源泉徴収の整理を、同時にきれいにしてくれた。InvoiceFlxowのカテゴリ別レポートを使えば、確定申告の時期に「今年のデザイン費の総額」「発注代行で動いた総額」が即座に出る。
結果 — 回収92日から17日へ
仕組みを入れ替えてから1年。吉田さんがあらためて平均回収日数を計算すると、92日から17日になっていた。
変化の理由は明快だ。クライアントが支払いを止める最大の理由は「内訳がわからないから確認に回す」ことだった。その確認が消えた。マイルストーンごとに署名済みの内訳があり、各フェーズの請求が来たときには「すでに合意済みのものの実行」でしかない。確認に回す案件が激減し、入金が早まった。
もう一つ。あの10ヶ月放置された35万円は、結局どうなったのか。吉田さんは新しい仕組みを入れたあと、過去の未回収案件を一件ずつ「3分類の内訳付き」で作り直し、再送した。ホテルのクライアントには、35万円が純粋なデザイン費であり、先方が直接支払った発注分とは別物であることが、書面で一目瞭然になった。先方の経理から返ってきた返信は一行だった。「内訳、承知しました。手配します」。35万円は、再送から9日で入金された。
「10ヶ月の沈黙の正体は、相手の意地悪じゃなかったんです」と吉田さんは言う。「相手も、何に払うのか確信が持てなかっただけ。私が説明できる書類を出した瞬間に、お金は普通に動きました」
大型案件を扱う人への教訓
吉田さんの経験から、金額の大きい仕事を請ける人に当てはまる原則がいくつかある。
- 「一式」は親切ではなく、回収の敵である。 内訳を隠すことは、相手に支払いを止める口実を与えることに等しい。
- 費用の性質が違うものは、財布を分ける。 自分の報酬(デザイン費)と、立て替えただけのお金(発注代行費)を混ぜると、利益も税務も回収も全部濁る。
- 合意は最初に、署名付きで固定する。 マイルストーンごとの電子署名は、最後の残金で揉めないための保険だ。
- 回収日数を測る。 測らなければ、92日かかっていることにすら気づけない。
吉田さんは今、過去最大を更新する規模の案件を進めている。請求の不安は、もうない。「デザインに集中できるようになりました。お金の説明は、ソフトがやってくれるので」