広島の人気ベーカリー、小売と卸の二刀流——インボイス制度と軽減税率8%をどう乗り切ったか
InvoiceFlow編集部 — 2026年5月30日公開 — 読了約10分
広島市中区、平和大通りから一本入った通りに、清水恵子さんのベーカリーはある。朝7時、焼きたてのパンの香りが店先に漂い始めると、開店前から行列ができる。地元で愛されて12年。クロワッサンと天然酵母の食パンが看板商品だ。
だが清水さんのビジネスは、店頭販売だけではない。彼女は二つの顔を持つベーカリーを経営している。
- 小売:店頭での一般のお客さんへの販売、そして全国へ発送する通販。
- 卸:市内のカフェ、ホテルの朝食用、そして企業の社員食堂への定期納品。
パンを焼く技術には自信があった。問題は、2023年に始まったインボイス制度(適格請求書等保存方式)が、この「二刀流」の経理を一気に複雑にしたことだった。
小売と卸では、必要な書類がまるで違う
清水さんを混乱させた根本は、小売と卸で求められる書類がまったく違うことだった。
小売は領収書、卸は適格請求書
店頭で食パンを買う一般のお客さんは、適格請求書を求めない。レシートか、せいぜい簡易な領収書があれば十分だ。
ところが、卸の取引先は違う。カフェやホテルや企業は、課税事業者だ。彼らが支払った仕入れの消費税を仕入税額控除するためには、清水さんが発行する適格請求書(インボイス)が必要になる。登録番号、適用税率、税率ごとに区分した消費税額——これらが正しく記載されていなければ、取引先は控除を受けられない。
「最初は意味がわからなくて。同じパンを売っているのに、お客さんによって出す書類が違うって、どういうこと?って」と清水さんは振り返る。
軽減税率8%という、もう一つの壁
さらにややこしいのが軽減税率だ。パンは「飲食料品」なので、原則として軽減税率8%が適用される。一方、たとえば店内で食べてもらうイートインや、贈答用のラッピング・送料、ノベルティのトートバッグなどは標準税率10%になる。
つまり清水さんの請求書には、8%の品目と10%の品目が混在しうる。適格請求書では、これらを税率ごとに区分して合計額と消費税額を記載しなければならない。手書きやエクセルでこれを毎回正確にやるのは、現実的ではなかった。
卸の月次請求が手作業の限界に
卸先への請求は、多くが掛取引(後払い・月締め)だ。たとえば市内の人気カフェには毎朝クロワッサンを20個納品し、月末にまとめて1か月分を請求する。納品の都度の数量を集計し、軽減税率8%で計算し、適格請求書の体裁で発行する——この月次請求の作業が、月末に何時間もかかる重荷になっていた。
「月末の夜、子どもが寝たあとに、電卓とにらめっこ。請求書を作るためだけに、毎月深夜まで起きていました」
転機:顧客を「2種類」として管理する
清水さんの転機は、商工会議所のインボイス制度説明会だった。そこで隣に座った別の店主が、スマホで請求書を作っている話をした。「卸の請求、アプリでやってるよ。税率ごとの計算も自動だし、適格請求書の形式にもなる」
清水さんはAndroidスマホにInvoiceFlowを入れ、まず顧客を2種類に分けて管理することから始めた。
小売と卸でアプローチを分ける
店頭の一般客には、これまで通りレシートで対応。一方、卸先は一件ずつ顧客プロフィールとして登録した。カフェA、ホテルB、企業Cの社員食堂——それぞれの納品条件、単価、支払いサイトを記録する。
適格請求書テンプレートを整える
卸向けには、テンプレートを使って適格請求書の要件を満たす請求書を用意した。発行者の氏名と登録番号、取引年月日、品目と数量、税率ごとに区分した合計額と消費税額、そして取引先名。一度テンプレートを整えてしまえば、あとは毎月の数量を入れるだけで、要件を満たした請求書が出来上がる。
軽減税率8%の計算を自動化
InvoiceFlowでは、品目ごとに税率を設定できる。パンは8%、ラッピングや送料は10%。混在していても、税率ごとに区分された消費税額が自動で計算される。清水さんが深夜に電卓を叩く必要はもうなくなった。
卸の月次請求を定期請求で効率化
毎朝決まった数量を納品する定期的な取引先には、定期請求を活用。月締めのタイミングで、1か月分の納品をまとめた請求書が効率的に作れるようになった。納品数に変動があった分だけ調整すればいい。PDFで書き出して、取引先の経理にメール送付。月次請求が「深夜の苦行」から「数十分の作業」に変わった。
複数事業プロフィールで小売と卸を分離
清水さんはさらに、複数事業プロフィールを使って「小売」と「卸」のレポートを分けた。これにより、店頭・通販の売上と、卸の売上を別々に把握できるようになった。どちらの事業がどれだけ伸びているか、利益が出ているかが、数字で見えるようになった。
結果:月次請求が数十分に、取引先の信頼も向上
インボイス対応の仕組みを整えてから1年。清水さんの状況は大きく改善した。
- 卸の月次請求作業:毎月約6時間(深夜作業)→ 約40分。税率計算の自動化と定期請求で激減。
- 請求書の記載ミス:たびたび発生 → ほぼゼロ。適格請求書の要件漏れがなくなった。
- 取引先からの問い合わせ(書類の不備指摘):月数件 → ゼロ。きちんとした適格請求書を出すことで、取引先の経理から信頼された。
- 卸先の新規契約:年2件増。「請求書がちゃんとしている」という評判が、新しいホテルとの契約につながった。
「正直、インボイス制度が始まると聞いたときは、卸をやめようかとさえ思いました」と清水さんは言う。「でも、ちゃんと対応できる仕組みさえあれば、卸はうちの大事な柱。やめなくて本当に良かった」
適格請求書を正確に発行できることは、取引先にとっての安心材料になる。仕入税額控除がきちんと取れる相手とだけ取引したい——インボイス制度以降、課税事業者はそう考えるようになった。清水さんのベーカリーは、その「安心して取引できる相手」になったのだ。
小売と卸を併営する事業者へ
清水さんのように、一般消費者と事業者の両方を相手にする事業は多い。飲食店、農家、製造業、クラフト作家——共通する課題は多い。彼女の経験から、ポイントをまとめる。
1. 顧客を「一般客」と「事業者」で分ける
求められる書類が根本的に違う。最初から区別して管理すれば、対応がシンプルになる。
2. 適格請求書の要件を満たすテンプレートを用意する
登録番号、税率ごとの区分、消費税額。毎回手作業で確認するのではなく、要件を満たしたテンプレートを一度作ってしまう。
3. 軽減税率8%と標準税率10%の混在に備える
飲食料品は8%、それ以外は10%。混在する品目は、税率ごとに自動で区分計算できる仕組みを持つ。
4. 卸の月次請求は自動化する
掛取引・月締めの定期的な納品は、定期請求で効率化する。深夜の手作業から解放される。
使ってみる
InvoiceFlowはGoogle Playから無料でダウンロードできる。適格請求書(インボイス)に対応したテンプレート、品目ごとの税率設定(8%/10%混在対応)、定期請求、複数事業プロフィール(小売と卸の分離)、PDF書き出しは、サブスクなしで使える。オフラインでも動くので、厨房の合間にスマホで一件作成、ということも可能だ。バックアップ/復元で、機種変更時も取引先情報を安全に引き継げる。
清水恵子さんは今、卸の取引先をさらに広げる計画を立てている。「インボイス対応がボトルネックじゃなくなったから、卸を伸ばせる。次は県外のホテルにもうちのパンを置いてもらいたい」