金沢の工芸スタジオ、3ブランドが1つの口座で混在——複数事業プロフィールで完全分離した話
InvoiceFlow編集部 — 2026年5月30日公開 — 読了約10分
金沢市の東山、ひがし茶屋街からほど近い町家の二階に、松本浩さんのスタジオはある。格子戸を抜けると、漆と金箔の匂い、そして壁一面に並んだ作品。彼は加賀の伝統工芸を現代に橋渡しする作り手として、この10年で名を知られるようになった。
だが松本さんの肩書きは、一つではない。実際には三つの事業を同時に動かしている。
- 工芸品制作:漆器や金沢箔を使ったオリジナル作品の制作・販売。ギャラリーや個人コレクターが顧客。
- ブランドデザイン:地元企業や老舗のロゴ・パッケージ・店舗の意匠を手がけるデザイン業。
- 文化イベント企画:工芸ワークショップや展示会のプロデュース。自治体や観光団体からの依頼も多い。
三つとも順調に伸びていた。問題は、その三つがたった一つの銀行口座で混ざり合っていたことだ。
「自分の事業がいくら儲かっているのか、わからなかった」
松本さんの口座には、漆器を買ったコレクターからの入金も、企業のデザイン報酬も、自治体からのイベント委託費も、区別なく流れ込んでいた。同様に、支払いも混在していた。漆や金箔の材料費、デザイン業で使うソフトのサブスク、イベントの会場費。すべてが一つの財布から出ていった。
「ある日、ふと考えたんです。工芸品の制作って、本当に黒字なのか?って」と松本さんは言う。「材料費も手間もかかる。でもデザインの報酬やイベントの委託費がそれを補填していたら、制作単体では赤字かもしれない。なのに、どんぶり勘定だから判断できない」
ブランドごとに見えていなかった採算
これは深刻な経営上の問題だった。三つの事業は、収益構造がまったく違う。
- 工芸品制作は、原価率が高く、一点の単価は高いが数は出ない。
- ブランドデザインは、材料費がほぼゼロで、利益率が高い。
- 文化イベントは、売上は大きいが外注費や会場費がかさみ、利益率は読みにくい。
これらを一つの口座でまとめてしまうと、「全体ではなんとなく黒字」という以上のことが見えない。どの事業に時間を注ぐべきか、どこを伸ばし、どこを見直すべきか——経営判断の材料が、文字通り混ざって消えていた。
税務リスクという見えない地雷
もう一つ、松本さんを不安にさせていたのが税務リスクだった。複数の事業を営む個人事業主が確定申告をするとき、収入と経費がきれいに整理されていないと、いくつもの問題が生じる。
経費の按分が説明できない
たとえば、スタジオの家賃。工芸制作にも、デザイン作業にも、イベントの打ち合わせにも使う。これを経費にすること自体は問題ないが、「どの事業にいくら配分したのか」を合理的に説明できなければ、税務調査で問題になりうる。一つの口座でどんぶり勘定だと、この説明がつかない。
「税理士さんに『この材料費はどの事業のものですか』と聞かれて、答えに詰まったことがあって。あのときに、これはまずいぞ、と」
転機:事業を「分ける」という発想
松本さんに転機をもたらしたのは、東京のデザイナー仲間との会話だった。「複数の屋号で仕事してるなら、請求も帳簿も最初から分けた方がいい。一つのアプリの中で事業を切り替えられるやつがあるよ」
紹介されたのが、AndroidスマホのInvoiceFlowだった。松本さんが注目したのは複数事業プロフィール機能だ。一つのアプリの中に、独立した事業を複数持てる。
3つのプロフィールを作る
松本さんは、三つの事業それぞれに独立したプロフィールを作った。
- プロフィール1:「松本浩 漆芸」——工芸品制作。屋号・ロゴ・連絡先・請求書テンプレートを工芸ブランドの世界観で統一。
- プロフィール2:「KANAZAWA DESIGN LAB」——ブランドデザイン業。クリーンでモダンな請求書テンプレート。
- プロフィール3:「金沢工芸文化プロジェクト」——イベント企画。自治体向けの堅めの体裁。
それぞれのプロフィールは、独立した請求書番号体系、顧客リスト、売上レポートを持つ。アプリ上でプロフィールを切り替えるだけで、その事業だけの世界に入れる。
カスタムテンプレートエディタでブランドごとの顔をつくる
松本さんがとくに気に入ったのがカスタムテンプレートエディタだった。三つのブランドは、見せたい印象がまったく違う。工芸品は和の格調、デザイン業は洗練、イベントは公的な信頼感。エディタを使い、ブランドごとにロゴの位置、項目の並び、フォントを調整し、それぞれ別の「顔」を持つ請求書を用意した。
「漆器を買ってくださる方への請求書と、自治体に出す委託の請求書が、同じ体裁だったら違和感がありますよね。今はそれぞれにふさわしい見た目で出せる」
ロゴと電子署名で信頼を補強
工芸品の納品書には作家の電子署名を添え、作品の一点物としての価値を演出。デザイン業の請求書には事業ロゴをきっちり配置し、プロらしさを強調した。PDFで書き出してメールに添付するだけで、ブランドごとに統一感のある書類が届く。
結果:3事業の採算が見えるようになった
プロフィールを分けてから半年。松本さんは初めて、自分の事業を「数字で」理解できるようになった。
各プロフィールの売上レポートを並べると、これまで見えなかった事実が浮かび上がった。
- 工芸品制作:松本さんが最も時間を注いでいたが、利益率は3事業中もっとも低かった。情熱の中心だが、これ単体では生活を支えきれていなかった。
- ブランドデザイン:投じた時間に対する利益率が圧倒的に高く、実質的にスタジオ全体を支える稼ぎ頭だった。
- 文化イベント:売上規模は大きいが、外注費を差し引くと利益はほどほど。ただしブランドの認知を広げる効果が大きく、結果的に他二事業の集客につながっていた。
この理解は、松本さんの時間の使い方を変えた。彼はデザイン業の依頼を選別して単価を上げ、その利益で工芸制作の時間を「買う」という構造を意識的に作った。情熱の事業を、利益の事業が支える——その関係を、数字で設計できるようになったのだ。
税務リスクが解消した
確定申告の準備も一変した。事業ごとに収入と経費が分かれているため、按分の説明がつくようになった。家賃や光熱費の配分も、各事業の活動実態に基づいて根拠を持って示せる。
「税理士さんに『今年は資料がすごく見やすい』と言われました。3事業の損益が一目でわかる、と。あの『答えに詰まった』感覚は、もうありません」
数字でも効果は出た。事業別の採算把握によってデザイン業に注力した結果、松本さんのスタジオ全体の利益は、前年比で約31%改善した。売上が劇的に増えたわけではない。儲かる事業と儲からない事業を見分け、時間の配分を変えただけだ。
複数の事業・ブランドを持つ人へ
松本さんのように、一人で複数の事業を抱える人は増えている。最後に、彼の経験から導けるポイントをまとめる。
1. 事業は最初から分けて記録する
後から分けるのは難しい。複数の収益源がある時点で、記録は事業ごとに分離しておく。どんぶり勘定は、判断材料を消す。
2. 採算は事業単位で見る
「全体で黒字」は危険なサインになりうる。儲かる事業が儲からない事業を隠していないか、単位を分けて確認する。
3. 経費の按分に根拠を持たせる
共通経費は、各事業の活動実態に基づいて配分し、説明できるようにする。これが税務リスクを下げる。
4. ブランドごとの「顔」を整える
顧客層が違えば、ふさわしい書類の体裁も違う。テンプレートを分けることは、見栄えだけでなく信頼の問題でもある。
使ってみる
InvoiceFlowはGoogle Playから無料でダウンロードできる。複数事業プロフィール、カスタムテンプレートエディタ、事業ごとの売上レポート、電子署名、PDF書き出し、バックアップ/復元は、サブスクなしで使える。プロフィールはいくつでも作れるので、事業が増えても対応できる。オフラインでも動くので、工房や展示会場でもその場で記録できる。
松本浩さんは今、四つ目のプロフィールを準備している。海外のギャラリー向けに、英語と外貨建てで作品を販売する新ブランドだ。「事業を分けて管理する仕組みができたから、新しい挑戦も怖くない。混ざらない、という安心感は大きいですよ」